2015年 04月 19日
リューマチやぎっくり腰にも |
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地元営業2日目
てるてるぼーずよりもお若いのに、手や足にリューマチを患っているお客様
最近はセンタリングで施術させていただいてます
最初のころは痛いところもあったようですが、今回などは全く痛くなかったようで、動きにくかったところも、動かせるようになってきました
特に、右手の親指が固まっていて、寒い時期は、痛みも凄かったらしいのですが、現在はそんなことも無いそう
てるてるぼーずがチカラを抜いて施術することができるようになってきたから、お客様のチカラも抜けてきているんだなぁと実感します
手指を通しながら動かすのに、指先から胴体の方に、腕の中を通って長縄跳びを回しているような感覚になりました
『パキパキ』『ポキポキ』音が鳴りますが、痛みが出ずに動かすことが出来ました
施術が終わってから、お客様にお伺いしても、
『前は手を合わせて(合唱する)も、手の平が着かなかった
でも、今は着きます』
と仰ってました
センタリングは、ホンマに素晴らしい技術です
◆即実践
#くぼけんです。
遅れての参加でM橋さんとOAさんに混ぜて頂きました。有難う御座いました。
N山さんからのお題をM橋さんに噛み砕いて頂きながら、抜かしてはいけないポイントを丁寧に検証させて頂きました。
稽古後のうどん屋さんで急性症状の話をしていたら、帰宅途中に近所の従兄から『妻が今朝ぎっくり腰になった』と連絡が入りました。
きっかけはくしゃみで、かかりつけの整骨院に行ったが、横になって動かなくても痛いとの事でした。
すぐに駆けつけて様子を観るとテーピングは施されていましたが、右の骨盤が開き切って動けなくなっていました。
2階から頑張って降りてきて膝を床に着きソファーに手を着いた状態が一番楽という事で初めてでしたがそのまま調整を行いました。
右の踵と膝のバランス→太腿遠位部から骨盤内、肋骨内のバランス→右肩から頸のバランス→胸と背のバランス
→左の踵と膝のバランス→太腿遠位部から骨盤内、肋骨内のバランス→左肩から頸へのバランス→胸と背のバランス
→頸で吊るせるように伸展するのを待つ
今日、習った事をそのまま実践に活かしました。
従兄の奥さんは、『今なら、けん○くんの言う事何でも信じてしまいそうやわ~』と言われたので、
『壺を高く売り出したら怪しいと思って~』と言っておきました。
従兄の奥さんは『動ける~。何か怖いな~』と言って、従兄は『いや。俺は凄いと思う!』と言っていました。
兎に角、動ける様になった事と即実践して結果が出て良かったです。
#楽隠居です
昨日の合気観照塾は、所用がありましたので休ませていただきました。
N山さんが「合気の身体になれるかもしれない体操」をキッチリと解説してくださったことと思います。
私が休んでも、稽古ができるということは、本当に有り難いことだと思います。
そして、皆さん自分なりに工夫して、様々な症状に対処しておられるので、お客様にも信頼していただけていることと思います。
老兵は・・・・
参照1:『老兵は死なず』
"Old soldiers never die,They just fate away"
これは、太平洋戦争における連合国軍最高司令官であり、戦後日本の占領体制におけるGHQ総司令官としても知られるダグラス・マッカーサー元帥の引退演説の締めくくりの一節である。朝鮮戦争への対応をめぐってトルーマン大統領と対立して解任された太平洋戦争の英雄は、アメリカ議会での引退演説、そして自らの軍人生活の終焉をこの言葉で締めくくり、歴史の表舞台から静かに去っていった。この言葉はマッカーサー元帥のオリジナルではなく、もともとはアメリカの士官たちに愛唱されていた歌の一部だったとされている。だが、彼が引用したこの一節は、日本では「老兵は死なず、ただ消えゆくのみ」と訳され、人口に膾炙するようになった。
老兵・・・それは、通常の日本語では否定的な意味で使われることが多い。もともと「兵」とは肉体的な壮健さ、強靭さをもって美徳とする。「老」という言葉が持つイメージは、そんな兵の美徳とは正反対であるにとどまらず、相容れないものですらある。ある人を「老兵」という場合、そこには「衰えたのに無理をしている」とか「老いさらばえても現役にしがみつく」といった、年をとるということのマイナスイメージを投影しての表現である場合が多い。
しかし、マッカーサー元帥の"Old soldiers"は、日本語的な負のイメージではなく、むしろ幾多の戦場、激しい砲火、そして殺意に満ちた刃をくぐり抜けて生き抜いてきたしぶとさ、したたかさへの肯定的な評価と結びついたものである。平和な時代ならいざ知らず、戦乱の時代における兵士たちにとっては、己の使命を果たし、すべてを見届けて静かに退場していくことは、それだけでも特権というに値する。「消えゆく」ことを許されるのは、幾千の戦場で戦火の中を駆け抜け、数知れぬ友と敵の屍を越えて死と生の狭間を生き抜いた少数の勇者だけである。少数ならざる者たちは、「老兵」となることさえできぬまま、「消えゆく」のではなく「消される」という形での最期を迎える。己の意思に反して、否、意思を持つことさえ許されないまま、他者によってもたらされる突然の「死」という闇の中へと閉ざされるのである。
参照2:老弊は去るべし
参照5:御悦病とは?
by centeringkokyu
| 2015-04-19 10:05
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