2014年 08月 16日
砕きについて |
武道・スポーツ科学研究所 年報第17号 平成23年度PDF
P.143からお読みください
P.122(23)
新陰流の“砕き”についての続報
「二十七箇条截合」と「試合勢法」について 吉田鞆男
柳生石舟斎宗厳の目録以来、新陰流の勢法(かた)として、「三学」五本、九箇(くか)九本、「天狗抄」八本、「極意」六本、「八箇必勝」という「表」の勢法の後に、次のような形で載せられている。
「二十七箇条截相
序 上段三 、中段三、下段三
破 折甲二、刀捧三、打合四
急 上段三、中段三、下段三」
一本ずつの名称を冠した、それまでの「表」の勢法とは明らかに異なった書き方である。
この「二十七ケ条」は、宗厳以来、宗矩、十兵衛と江戸柳生家の目録、伝書に、また尾張柳生家系では、兵庫助、連也『口伝書』などにも記載されている。けれども、新陰流伝書では、表の勢法については、詳しい記述が見られるが、「二十七ケ条」については殆ど叙述がない。しかも江戸柳生系では稽古されていたが、尾張柳生系ではいつの間にか稽古されなくなっていたようである。【私は習いました。:楽隠居】
江戸後期、尾張柳生系で伝来の伝書を整理・注解するとともに、「勢法」を整備・制定して「尾張柳生の中興」したとされる長岡房成が、『新陰流外伝 二十七箇条截相』と題する手記(一八二〇以降の成立)を遺している。この手記は、江戸柳生家の「二十七ケ条」の仕様を記述するとともに、石舟斎の「二十七箇条截相目録」を写して注解して、それに基づいて元来の仕様を推定したものであった。前回の報告は、この手記の全文を翻刻するとともに、房成自身が制定した尾張柳生家の「試合勢法」と同様に、「二十七ケ条」も、それ以前の「三学」・「九箇」・「天狗抄」・「極意」などの本伝の“砕き”であることを論じた。
その後、我々プロジェクト研究会を通じて、“砕き”について、①もう少し理解し易いように補足説明を工夫する必要があるとの指摘があった。加えて、②“砕き”の稽古を通じて流儀の意志を探求する中で、あらためて報告するに値する事項が幾つか浮き彫りになった。特に、十兵衛は、『月之抄』(一六三九)で、「老父(宗矩)云、右之太刀を持って二十七之截相を稽古すれば、大形これにて相済むなり。何も太刀をつかふなり。」と記述していた。長岡房成も、手記の奥書で、これとまったく同じことを書いている。我々は、この「太刀をつかふ也」の一言が極めて意味深長な言葉として、強い関心を寄せるに至った。(後述)
尾張柳生家では、「本伝(内伝)」及び「外伝」という表現で組太刀を分けて云うことが多い。そのため、“砕き”について述べる前に、「本伝」及び「外伝」について簡述しておくことにする。流祖上泉伊勢守信綱から柳生石舟斎を経て伝えられた「三学」、「九箇」、「天狗抄」、「極意六箇条」及び「八箇必勝」に至る一連の組太刀に加えて、新陰流の基となった陰流の「燕飛」を流儀の表太刀、すなわち「本伝」という。
一方、表の組太刀の意志や勝口を検証するための“砕き”を学習する組太刀を「外伝」という。尾張柳生家ではこれらの“砕き”の数々を化政年間年間に活躍した長岡房成が独自の体型論の下にまとめた「試合勢法」が「外伝」となっている。「試合勢法」は、「相雷刀(上段)八勢」から始まり、「中段十四勢」、「下段八勢」、「後雷刀十三勢」、「続雷刀十八勢」、「小轉(まろばし)変十三勢」、「外雷刀三十一勢」など、合計百本以上にもなるのである。
対して江戸柳生では「外伝」となる文言はないが、前回の報告に論じたように、尾張の「試合勢法」に相当するものとして、「二十七ケ条」があると考えられる。
本稿では、この「二十七ケ条」も“砕き”と看做して、本伝に対する外伝であると考え、以下に述べる“砕き”の検討に含めることとした。本稿では、“砕き”の実例を示すとともに、しかも「太刀使う也」と注意される含意も合わせて考えてみたい。
“砕き”の実例
“砕き”とは、一般的には本来の形(勢法)に対する変法(バリエーション)のことである。
「砕トハ変化ノ故(こと)ナリ。タトヘバ一刀(「三学」一本目「一刀両段」)ニ、敵ヨリアサク(浅く)打ヲ、下ヨリハネテ勝。是則砕ナリ・・・」と、長岡房成の師で、尾張柳生八代になる厳春(道機齋)は『新陰流兵法目録口伝書』に朱書で注している。
=====================================
これらはいづれも積・身・位のわずかな違いで主客が入れ替わる例である。「試合勢法」は、截合の勝口の取り様を問題とするので、こうした主客が入れ替わる場合の凡例がいくつも取り入れられていると考えられる。
尾張柳生家の「試合勢法」
先に鍋島家の「三学・一刀両段」が、技の仕様としては「試合勢法」(第二勢法)の“十太刀変”と同類と見られることを論じた。実は第二勢法の中には、“十太刀変” “猿廻変” “一刀変”など、興味深い変法(砕き)が多く存在する。とりわけ、ここに挙げた“一刀” “十太刀” 及び “猿廻”については砕きを進めると、「本伝」では「三学」、「九箇」、「燕飛」と、それぞれ異なる構の太刀として学習されてきたものであるが、“砕き”では打太刀・仕太刀の彼我との流動的な曲合い(相対)の中で吟味されるため、これらの三種の太刀は“同類項的性格”を有するものであることが認識される。
「試合勢法」はまさに切り合いの勝口の吟味をするゆえに、彼我の相対の中で勝ち負けの主客が入れ替わることがそれぞれに一つの勢法となっていたのである。
長岡房成は、「初学試合に当たって、勝ちを制するの法を知らずして邪路に陥る者多し。因りて房成、古今必勝轉勢を本とし、先哲の教えを以て質し、大略試合勢法を作為し、以て法を同志の初学に与ふ」と新陰流外伝『刀◎録・勢法篇』序で述べていたのである。
「試合勢法」は組数のほとんどで、“相架(あいか)け”といわれる刀法が多用されている。これは、打太刀が太刀を左、右と打ってくるのに応じて、仕太刀が軽やかに太刀を左右に応じ使う使い方であり、太刀をなめらかに使うための身の習いとして行っている側面が大である。その相架けを省き、勝口を一調子に示した一例は写真に示す通りである。
試合勢法は直立(すった)ちの姿勢で、軽やかな仕様であるため、勝口の吟味を疎かにしがちになるが、試合勢法は紛れもなく“砕き”と“積・身・位”の習いを兼ねた、勝口の調べである。言い換えれば長岡房成が工夫した新陰流の勝口の体系論と言える。
参照1:「ひとり遊び」の楽しみ方
参照2:柳生新陰流の亜流?
【「新陰流 道業六十年 回顧録」 P.52大坪指方氏について P.64神戸金七氏について P.71柳生延春氏について 要チェックです。
P.69 最近この二蓋笠会は、ホームページを開設し、臆面も無く誤った記事を掲載している。唯一「二十七箇条」を相伝しているといっては、それが外伝試合勢法の一部であったり、柳生厳長先生が、柳生家では尾張型と江戸型を相伝して来たが、今後は江戸型を捨て、尾張型のみを相伝すると神戸氏に語ったという。それでは江戸型が消えてしまうので、この江戸型を柳生の地元に残す様に神戸氏の意向を受けた等々。
尾張柳生家が代々江戸型なるものを相伝する等あるはずがなく、これは本伝のことであろうが、神戸氏は本伝の相伝は受けていない。】
P.143からお読みください
P.122(23)
新陰流の“砕き”についての続報
「二十七箇条截合」と「試合勢法」について 吉田鞆男
柳生石舟斎宗厳の目録以来、新陰流の勢法(かた)として、「三学」五本、九箇(くか)九本、「天狗抄」八本、「極意」六本、「八箇必勝」という「表」の勢法の後に、次のような形で載せられている。
「二十七箇条截相
序 上段三 、中段三、下段三
破 折甲二、刀捧三、打合四
急 上段三、中段三、下段三」
一本ずつの名称を冠した、それまでの「表」の勢法とは明らかに異なった書き方である。
この「二十七ケ条」は、宗厳以来、宗矩、十兵衛と江戸柳生家の目録、伝書に、また尾張柳生家系では、兵庫助、連也『口伝書』などにも記載されている。けれども、新陰流伝書では、表の勢法については、詳しい記述が見られるが、「二十七ケ条」については殆ど叙述がない。しかも江戸柳生系では稽古されていたが、尾張柳生系ではいつの間にか稽古されなくなっていたようである。【私は習いました。:楽隠居】
江戸後期、尾張柳生系で伝来の伝書を整理・注解するとともに、「勢法」を整備・制定して「尾張柳生の中興」したとされる長岡房成が、『新陰流外伝 二十七箇条截相』と題する手記(一八二〇以降の成立)を遺している。この手記は、江戸柳生家の「二十七ケ条」の仕様を記述するとともに、石舟斎の「二十七箇条截相目録」を写して注解して、それに基づいて元来の仕様を推定したものであった。前回の報告は、この手記の全文を翻刻するとともに、房成自身が制定した尾張柳生家の「試合勢法」と同様に、「二十七ケ条」も、それ以前の「三学」・「九箇」・「天狗抄」・「極意」などの本伝の“砕き”であることを論じた。
その後、我々プロジェクト研究会を通じて、“砕き”について、①もう少し理解し易いように補足説明を工夫する必要があるとの指摘があった。加えて、②“砕き”の稽古を通じて流儀の意志を探求する中で、あらためて報告するに値する事項が幾つか浮き彫りになった。特に、十兵衛は、『月之抄』(一六三九)で、「老父(宗矩)云、右之太刀を持って二十七之截相を稽古すれば、大形これにて相済むなり。何も太刀をつかふなり。」と記述していた。長岡房成も、手記の奥書で、これとまったく同じことを書いている。我々は、この「太刀をつかふ也」の一言が極めて意味深長な言葉として、強い関心を寄せるに至った。(後述)
尾張柳生家では、「本伝(内伝)」及び「外伝」という表現で組太刀を分けて云うことが多い。そのため、“砕き”について述べる前に、「本伝」及び「外伝」について簡述しておくことにする。流祖上泉伊勢守信綱から柳生石舟斎を経て伝えられた「三学」、「九箇」、「天狗抄」、「極意六箇条」及び「八箇必勝」に至る一連の組太刀に加えて、新陰流の基となった陰流の「燕飛」を流儀の表太刀、すなわち「本伝」という。
一方、表の組太刀の意志や勝口を検証するための“砕き”を学習する組太刀を「外伝」という。尾張柳生家ではこれらの“砕き”の数々を化政年間年間に活躍した長岡房成が独自の体型論の下にまとめた「試合勢法」が「外伝」となっている。「試合勢法」は、「相雷刀(上段)八勢」から始まり、「中段十四勢」、「下段八勢」、「後雷刀十三勢」、「続雷刀十八勢」、「小轉(まろばし)変十三勢」、「外雷刀三十一勢」など、合計百本以上にもなるのである。
対して江戸柳生では「外伝」となる文言はないが、前回の報告に論じたように、尾張の「試合勢法」に相当するものとして、「二十七ケ条」があると考えられる。
本稿では、この「二十七ケ条」も“砕き”と看做して、本伝に対する外伝であると考え、以下に述べる“砕き”の検討に含めることとした。本稿では、“砕き”の実例を示すとともに、しかも「太刀使う也」と注意される含意も合わせて考えてみたい。
“砕き”の実例
“砕き”とは、一般的には本来の形(勢法)に対する変法(バリエーション)のことである。
「砕トハ変化ノ故(こと)ナリ。タトヘバ一刀(「三学」一本目「一刀両段」)ニ、敵ヨリアサク(浅く)打ヲ、下ヨリハネテ勝。是則砕ナリ・・・」と、長岡房成の師で、尾張柳生八代になる厳春(道機齋)は『新陰流兵法目録口伝書』に朱書で注している。
=====================================
これらはいづれも積・身・位のわずかな違いで主客が入れ替わる例である。「試合勢法」は、截合の勝口の取り様を問題とするので、こうした主客が入れ替わる場合の凡例がいくつも取り入れられていると考えられる。
尾張柳生家の「試合勢法」
先に鍋島家の「三学・一刀両段」が、技の仕様としては「試合勢法」(第二勢法)の“十太刀変”と同類と見られることを論じた。実は第二勢法の中には、“十太刀変” “猿廻変” “一刀変”など、興味深い変法(砕き)が多く存在する。とりわけ、ここに挙げた“一刀” “十太刀” 及び “猿廻”については砕きを進めると、「本伝」では「三学」、「九箇」、「燕飛」と、それぞれ異なる構の太刀として学習されてきたものであるが、“砕き”では打太刀・仕太刀の彼我との流動的な曲合い(相対)の中で吟味されるため、これらの三種の太刀は“同類項的性格”を有するものであることが認識される。
「試合勢法」はまさに切り合いの勝口の吟味をするゆえに、彼我の相対の中で勝ち負けの主客が入れ替わることがそれぞれに一つの勢法となっていたのである。
長岡房成は、「初学試合に当たって、勝ちを制するの法を知らずして邪路に陥る者多し。因りて房成、古今必勝轉勢を本とし、先哲の教えを以て質し、大略試合勢法を作為し、以て法を同志の初学に与ふ」と新陰流外伝『刀◎録・勢法篇』序で述べていたのである。
「試合勢法」は組数のほとんどで、“相架(あいか)け”といわれる刀法が多用されている。これは、打太刀が太刀を左、右と打ってくるのに応じて、仕太刀が軽やかに太刀を左右に応じ使う使い方であり、太刀をなめらかに使うための身の習いとして行っている側面が大である。その相架けを省き、勝口を一調子に示した一例は写真に示す通りである。
試合勢法は直立(すった)ちの姿勢で、軽やかな仕様であるため、勝口の吟味を疎かにしがちになるが、試合勢法は紛れもなく“砕き”と“積・身・位”の習いを兼ねた、勝口の調べである。言い換えれば長岡房成が工夫した新陰流の勝口の体系論と言える。
参照1:「ひとり遊び」の楽しみ方
参照2:柳生新陰流の亜流?
【「新陰流 道業六十年 回顧録」 P.52大坪指方氏について P.64神戸金七氏について P.71柳生延春氏について 要チェックです。
P.69 最近この二蓋笠会は、ホームページを開設し、臆面も無く誤った記事を掲載している。唯一「二十七箇条」を相伝しているといっては、それが外伝試合勢法の一部であったり、柳生厳長先生が、柳生家では尾張型と江戸型を相伝して来たが、今後は江戸型を捨て、尾張型のみを相伝すると神戸氏に語ったという。それでは江戸型が消えてしまうので、この江戸型を柳生の地元に残す様に神戸氏の意向を受けた等々。
尾張柳生家が代々江戸型なるものを相伝する等あるはずがなく、これは本伝のことであろうが、神戸氏は本伝の相伝は受けていない。】
by centeringkokyu
| 2014-08-16 01:21
| 本などの紹介