2005年 06月 03日
不貞寝抄6/3 |
「センタリング呼吸法」で歩く VOL.1
先週、N山君に「歩法」をご説明する機会ありました。そこで、現在の観照塾のテーマやブログの進行状況、私自身の感じ方、彼の特性を踏まえ、自分なりに学んだ事を整理しています。
そこで、「センタリング呼吸法」をより皆さんの生活レベルに浸透させて頂く為、当ブログにて皆さんにも「センタリング呼吸法で歩く」事をお話しようと思いました。
今日はその序章として、「歩く」と言う行為から見ていきましょう。
我々が「立っている」時・・・殆ど意識出来ていない場合が多いのですが、そこから
一歩足を踏み出し「歩いてみる」と、自分の中に「自分を支える働き」と「運動を司る働き」がある事が比較的感じ易くなっていると思います。
もし、実感しににくければ、本当に「そうかな?」と感じながら一度歩いて頂いて同時に、道行く人を観察してみて下さい。
人々は足を常に入れ替えながら「片足で体重を支え、もう一方の足が振り子運動して運動を作り出しつつ」歩いています。
こう見て来ますと私達にとても身近な事とは言え「自己保存(自分自身を支える)と生体運動(生きていく上での食・息・動・想)の相対性と循環」は凄いシステムだなと思いますし、それを2本足で保ち、行っている自分達にも驚嘆します。
そして、それには先ず、「自分と重力をしっかり支え(=自立)」られなければあ
るべき運動(生活)は維持出来ないであろう事が推測出来ます。
そこを意識・確認した上で・・・もう一度道行く人の歩き方を観察してみて下さい。
常に視線を落とし、俯き加減で歩く人や赤ちゃんみたいに前に行きたい気持ちが足より先走っている人、やたらとお尻をプリプリ揺らして歩く人・・・人それぞれに様々な歩き方があって、その際の「自分の保ち方」と「運動」のバランスの中にその人の「人となりや生き様、生活」が表現されている事に気付きます。
少々脱線しますが・・・とても妙なのは、道行く犬や猫も例外ではなく、自然と個性
がその「歩き方」に見られますが、飼われている動物は更に、何処か散歩するご主人と同じ様な性格や癖、「歪み」まで持っている事が多く見受けられる事です。
シンプルに、特に仕掛けの無い構造物でイメージして頂ければ分かり易いと思うのですが、構造物としての「安定」を図る為には最低「三脚」の様に3本の足が必要です。
そこに足を1本付け足した4本足と言うのは、「机」の如く凄く安定した形である訳で、犬や猫は基本的に安定性に富んだ存在であるはずです。
「それがどうして?」・・・推測するに、結局、三脚から足を1本減らした「2本の
足」の人間の「不安定」な生活に引きずり回されていると言う事になるのだと思います。
本題に戻りまして・・・実際、不安定ながらも「無意識になんとか自分を維持出来て
いる」のが「人体の優秀さや不思議」なのですが、手を抜いた自分の相対性が作り出す結果は「病気や歪み」となっている事が明白となります。
そこで、より良く自分を保つ為に・・・我々は「センタリング呼吸法」を学んでいる
訳ですが、是非、これを「歩法」で実践してみようと思う訳です。
実際、「歩法」は難しいです。しかし、「自己保存と生体活動のバランス」を明確に表現している分、自らの「歩み」を確認出来る面白さがあります。
続きはまた後日・・・。
先週、N山君に「歩法」をご説明する機会ありました。そこで、現在の観照塾のテーマやブログの進行状況、私自身の感じ方、彼の特性を踏まえ、自分なりに学んだ事を整理しています。
そこで、「センタリング呼吸法」をより皆さんの生活レベルに浸透させて頂く為、当ブログにて皆さんにも「センタリング呼吸法で歩く」事をお話しようと思いました。
今日はその序章として、「歩く」と言う行為から見ていきましょう。
我々が「立っている」時・・・殆ど意識出来ていない場合が多いのですが、そこから
一歩足を踏み出し「歩いてみる」と、自分の中に「自分を支える働き」と「運動を司る働き」がある事が比較的感じ易くなっていると思います。
もし、実感しににくければ、本当に「そうかな?」と感じながら一度歩いて頂いて同時に、道行く人を観察してみて下さい。
人々は足を常に入れ替えながら「片足で体重を支え、もう一方の足が振り子運動して運動を作り出しつつ」歩いています。
こう見て来ますと私達にとても身近な事とは言え「自己保存(自分自身を支える)と生体運動(生きていく上での食・息・動・想)の相対性と循環」は凄いシステムだなと思いますし、それを2本足で保ち、行っている自分達にも驚嘆します。
そして、それには先ず、「自分と重力をしっかり支え(=自立)」られなければあ
るべき運動(生活)は維持出来ないであろう事が推測出来ます。
そこを意識・確認した上で・・・もう一度道行く人の歩き方を観察してみて下さい。
常に視線を落とし、俯き加減で歩く人や赤ちゃんみたいに前に行きたい気持ちが足より先走っている人、やたらとお尻をプリプリ揺らして歩く人・・・人それぞれに様々な歩き方があって、その際の「自分の保ち方」と「運動」のバランスの中にその人の「人となりや生き様、生活」が表現されている事に気付きます。
少々脱線しますが・・・とても妙なのは、道行く犬や猫も例外ではなく、自然と個性
がその「歩き方」に見られますが、飼われている動物は更に、何処か散歩するご主人と同じ様な性格や癖、「歪み」まで持っている事が多く見受けられる事です。
シンプルに、特に仕掛けの無い構造物でイメージして頂ければ分かり易いと思うのですが、構造物としての「安定」を図る為には最低「三脚」の様に3本の足が必要です。
そこに足を1本付け足した4本足と言うのは、「机」の如く凄く安定した形である訳で、犬や猫は基本的に安定性に富んだ存在であるはずです。
「それがどうして?」・・・推測するに、結局、三脚から足を1本減らした「2本の
足」の人間の「不安定」な生活に引きずり回されていると言う事になるのだと思います。
本題に戻りまして・・・実際、不安定ながらも「無意識になんとか自分を維持出来て
いる」のが「人体の優秀さや不思議」なのですが、手を抜いた自分の相対性が作り出す結果は「病気や歪み」となっている事が明白となります。
そこで、より良く自分を保つ為に・・・我々は「センタリング呼吸法」を学んでいる
訳ですが、是非、これを「歩法」で実践してみようと思う訳です。
実際、「歩法」は難しいです。しかし、「自己保存と生体活動のバランス」を明確に表現している分、自らの「歩み」を確認出来る面白さがあります。
続きはまた後日・・・。
by centeringkokyu
| 2005-06-03 23:19
| ネコ殿