2009年 12月 09日
二天一流は二刀流ではない |
「宮本武蔵 二天一流の剣と五輪書」一川格治著からご紹介します。
▼二天一流は二刀流ではない
二天一流は二刀を持っているために、二刀流だと受けとられることが多い。普通十中八・九までは二刀流というように受けとられている。
武蔵は二天一流だから、二刀流だというが、「左手さしたることなし」といっている。これは、左手はただ添えて持っているだけである。右で切るということを訓練しておかないと、小道を走る場合も、沼地を行く場合でも、結局左手は使えないわけである。
右手で太刀を持っていて、右手が無くなれば左を使わなければならない。そのとき、左ではかなわないので駄目だというわけにはいかない。
武士の子として生まれたなら、右と左は両手とも使えるようにしなければならない。これが二天一流の二刀を使う原理である。
二刀持っている、左右二刀を強めるということで、一般的に二刀流という考え方に間違えられやすい。しかし、本来は一刀、二天一流は一刀である。一刀の精神を教えているものである。
私が二天一流の話をすると、ほとんどが武蔵は二刀流でしょう。二刀を使う原理があるはずだとの質問があるが、しかし、二天一流の形には、片方で押さえて、片方で打つという両手を使ったものはない。皆片手である。
その誤解は、解いてもらいたいものである。全国の人たちが、宮本武蔵の二天一流は二刀流だと直訳して、二刀で向かうのが二天一流だとしている。
五輪書でも、二天一流は二刀でやるのでなしに、片手剣法であるということは、はっきり明記してある。
▼二天一流を修練して
私自身が、この二天一流を修練することによって得たものは、剣の使い方が柔らかくなったことである。形そのものが柔らかいので、自然と一刀を持った場合も柔らかい。
とくに今の剣道などには手の内がないので、手の内を柔らかくするにはいいと思う。力を入れるところがなく、全く自然である。
たとえば棒等を立てて倒す。その遠心力の作用で、地面に近くなれば自然に早くなってゆく、あの原理である。下にゆけばゆくほど棒の重さで、早くスポッとゆく。力を加えないというところに、二天一流の形の妙味があるこの形は、二天一流では刀は用いない。打太刀を見ると、刀は立てていない。刃は内側を向いている。このことも疑問になっていろいろ調べてみた。
指田先生の説で聞いたところ、打太刀は刀ではないという感覚である。あれは棒でも何でもいいと。とにかく相手が武器や太刀をたたき落としに来るので、刀でなくてもいいんだということである。何でもいいのだということである。
それに対して、二天一流というのは、仕太刀を育てあげるという稽古であるから、打太刀はいうならアクセサリーである。
仕太刀をうまくこなしてゆくというのが生命になるわけである。相手を気で追い詰めて、掛け声と同時に、グーの音もいわせない。猫がねずみを追うとき、ズーッと行くそれとよく似ている。
その間、少しも心のゆるみがない。ズーッと行って相手を制圧して、隅に持ち込んだなら、切るのはいつでもゆっくり切れるという、急ぐことはないのだという理念である。
一面で、武蔵の剣道は気の剣道といわれる。円明流時代からいわれているが、名古屋で柳生兵庫と道ですれ違ったときの話が伝わっている。お互いに挨拶もかわさなかったが、兵庫は、あれは武蔵だろうといい、武蔵はあれは柳生兵庫であろうと見抜いたという。聖は聖を知るで、柳生と知って通った、それは相抜けだという話が残っている。そこで武蔵は仕官したいと話すと、殿様は非常に気に入って、是非武蔵を採用しようということになった。
そのとき、柳生兵庫に意見を聞いてみようと聞くと、柳生兵庫は、答えて日く、武蔵は確かに強いと。しかしあの気の強さというのは、万人が勉強してもまねできるものではないといった。
切角教えても、修得することができないような気なら、師範としては役に立たないのではないかと進言した。それなら雇わないと言うことになったという。
もともと武蔵先生の剣は、頭上満々、脚下満々であり気を錬り気を鍛えることであった気力というものを主体にした剣であった。形だけの技術の修得より、気力を重視した剣であったのである。
現在の剣道では、技と気は車の両輪の如きものであり、技を錬成すれば気力を生じ気力を鍛練すれば技法が進歩すると教えているが、武蔵先生はその時代からすでに、気力が主体であって、技は縦だといっているのである。
#楽隠居です
「二天一流は二刀流ではない」ほんまかいな?という感じですが・・・
大東流の合気二刀剣は、同じ長さの太刀を使うようですから、いっそう鍛錬形だといえるかもしれません。合気観照塾の場合は、太極棒を使って力を抜く稽古をしています。呼吸の隙間を使うと自然に「折れない腕」になっているので、初めて体験された方は、ちょっと驚かれます。もっとも観照塾では「折れてもいい腕」といっていますが・・・
片手でも、両手でもいろいろな重さや形のモノを持って、ストップモーションをしてみると面白いですよ。立禅や外丹功や推手につながる稽古ができると思います。
参照1:介者截合に於けるところの極意
参照2:斬り合う剣の業前は術と道とに通ず
参照5:剣を使った呼吸力養成法
参照6:足先から股関節までのつながりを感じる
参照7:「点」と「面」
参照8:考え方や発想を柔軟にもち工夫する
参照9:太極棒で身勢を確かめる
参照10:太気拳の実践 立禅
前提の追求もよろしく!
参照6:足先から股関節までのつながりを感じる
参照7:「点」と「面」
参照8:考え方や発想を柔軟にもち工夫する
参照9:太極棒で身勢を確かめる
参照10:太気拳の実践 立禅
前提の追求もよろしく!
by centeringkokyu
| 2009-12-09 00:27
| スポーツ関連