2009年 05月 25日
感覚分離症? |
K元さんからのメールをご紹介します。
5/23 観照塾
いつもお世話になります。いやかけます。
私は分離症のようです。
意識・イメージ・呼吸・感覚分離症です。
保険は気かなそうなので実費で治そうと思います。
どうしても自分がどうしたいかと言う単純なことが難しくなります。
結局は頭で考えてしまってるのでしょうが、『あなたはどうしたいの?』と聞かれると何も答えることが出来ません。
実際どうしたいかという意識がなくなってるのです。
一つ意識するとどれかが抜ける状態です。今は我慢して一回でも全てが繋がる回数を増やしていき、その感覚を体に叩き込むしかないのかなと思います。
#楽隠居です
呼吸と動作と意識の一致ということが、初心者の為の基本なのですが、実際は注意しなければならないことが山積み状態なので、何から手を付ければいいのか分からなくて当然です。その為に、「合気の身体になれるかもしれない体操」を最初の練功法にしている訳です。
今年の場合は、技を体感して貰うことから初めていますので、その辺りが難しいだろうということは想定内なのです。
7月から体操をしながら、技へと入っていく積もりですから、6月末までは精々悩んでいただきたいと思っています。悩んだ分だけ体操の目的が理解しやすいはずだと考えています。
私が大東流を習った頃は、何から初めればよいのか皆目見当もつかなかったので、体操をつくりだしたのです。そして、そのことは私が六方会を離れた理由の一因になってしまったようです。
道具に遊ぶから引用します。
「OO会」大阪支部にお世話になって十年。いま、通いはじめてからのことを思い返しています。
最初の頃のさっぱり分からなかったこと。OS先生の「OO会」には《型》がないということ。それ故、原理原則を体得しないと出来るようにならないと思い至った時のこと。週に一度の稽古だけでは、私には絶対に出来るようにはならないと気付いた時のこと。どうしたら良いものかと考え、外堀から埋めて行かないとお城までは到達できないということから、まず身近なところから一つのテーマを決めて楽しみ方を見つけなくてはと思ったこと。この時が本当の稽古のスタートだったように思います。
そんな折りに、稽古が始まる時間よりも早く来て一人で何やら意味不明の事(当時はそう思いました)を黙々としている人がいました。K野さんです。私はそれをジッと見ていました。帰ってからそれを真似て見ました。出来ない。何でこんな単純なことが出来ないんだと思いました。ここからだ!と思い、それから私も稽古が始まる時間より早く行き、K野さんのされていることの真似を始めました。それが私の一人遊びの初めで稽古前のお遊びの時間の始まりであったように思います。(引用終了)
ということで、一人遊びをお勧めします。
参照1:最近、考えていること
参照2:体操の着目点について
参照3:今年の稽古方針('07)
5/23 観照塾
いつもお世話になります。いやかけます。
私は分離症のようです。
意識・イメージ・呼吸・感覚分離症です。
保険は気かなそうなので実費で治そうと思います。
どうしても自分がどうしたいかと言う単純なことが難しくなります。
結局は頭で考えてしまってるのでしょうが、『あなたはどうしたいの?』と聞かれると何も答えることが出来ません。
実際どうしたいかという意識がなくなってるのです。
一つ意識するとどれかが抜ける状態です。今は我慢して一回でも全てが繋がる回数を増やしていき、その感覚を体に叩き込むしかないのかなと思います。
#楽隠居です
呼吸と動作と意識の一致ということが、初心者の為の基本なのですが、実際は注意しなければならないことが山積み状態なので、何から手を付ければいいのか分からなくて当然です。その為に、「合気の身体になれるかもしれない体操」を最初の練功法にしている訳です。
今年の場合は、技を体感して貰うことから初めていますので、その辺りが難しいだろうということは想定内なのです。
7月から体操をしながら、技へと入っていく積もりですから、6月末までは精々悩んでいただきたいと思っています。悩んだ分だけ体操の目的が理解しやすいはずだと考えています。
私が大東流を習った頃は、何から初めればよいのか皆目見当もつかなかったので、体操をつくりだしたのです。そして、そのことは私が六方会を離れた理由の一因になってしまったようです。
道具に遊ぶから引用します。
「OO会」大阪支部にお世話になって十年。いま、通いはじめてからのことを思い返しています。
最初の頃のさっぱり分からなかったこと。OS先生の「OO会」には《型》がないということ。それ故、原理原則を体得しないと出来るようにならないと思い至った時のこと。週に一度の稽古だけでは、私には絶対に出来るようにはならないと気付いた時のこと。どうしたら良いものかと考え、外堀から埋めて行かないとお城までは到達できないということから、まず身近なところから一つのテーマを決めて楽しみ方を見つけなくてはと思ったこと。この時が本当の稽古のスタートだったように思います。
そんな折りに、稽古が始まる時間よりも早く来て一人で何やら意味不明の事(当時はそう思いました)を黙々としている人がいました。K野さんです。私はそれをジッと見ていました。帰ってからそれを真似て見ました。出来ない。何でこんな単純なことが出来ないんだと思いました。ここからだ!と思い、それから私も稽古が始まる時間より早く行き、K野さんのされていることの真似を始めました。それが私の一人遊びの初めで稽古前のお遊びの時間の始まりであったように思います。(引用終了)
ということで、一人遊びをお勧めします。
参照1:最近、考えていること
参照2:体操の着目点について
参照3:今年の稽古方針('07)
by centeringkokyu
| 2009-05-25 00:41
| 合気観照塾