2005年 02月 23日
ネコ殿 デリカシー日記 2/22 |
型の呪縛 型の実像
今日はまた、自分の恥をお話せねばなりません。しかし、それが貴重な体験であったと思うので是非、皆さんにお話しておこうと思います。
当分、恥話が続きますが、どうかお付き合い下さい。
数年前、私はK野さんにご紹介を頂き、体術とは別に新陰流を学ばせて頂いていました。
当時、東京からW先生が月一回お越しになり、直接指導をして下さっていたのですが、会も先生ご自身も非常にノリに乗っていた時期で、色々な事をふんだんに学ばせて頂いた時期でありました。
反面、伝授のシステムが「文化の保存」的な側面も色濃く、実用を考えると不自然な部分もあり、幸い会の草創期にご苦労されたK野さんのご助言や学ばれる術理の最終段階を見ていたから良かったものの、それを知らずに学んでいたら「意味不明」な事も多々ありました。
その辺を、じっくり自分で検証し、体得・体感出来れば良かったのですが・・・W先生のご厚意が仇となり、K野さんが約7年程掛けて学ばれた事を私はほぼ2年で、型にして130余りを学ぶ結果となりました。
当時は未だ20代で1回見れば覚えられたんですね・・・でも、これはどう考えても異常で、学んだ事の本質や段階を十分に理解し、体得出来るはずは「毛頭」ありませんでした。
このままでは「潰れる」・・・半ば「パニック状況」で会を退会しました。
この時の状況を正直に申し上げますと、観照塾で剣を研鑽されている方達よりも直接色々学んでいて、伝位も持ちながら、私の実力は全くお話にならず・・・
私の持っているものは、単なる「型(伝位も含む)」に過ぎなかった訳です。
そこから随分足掻いたのですが、変に入った知識やプライドをぬぐい去り、一から矯め直すに今日まで3年程の時間が掛かりました。
取り敢えず、剣を封印し、「剣(道具)を扱うに足る最低の身体を作る」為、一から戻る事にしました。
結局、体操や歩法、フェルデンクライス(センタリング呼吸法)等々・・・呼吸の仕方やロッキングチェアと言った「最初の第一歩」から見直す必要が出ました。
そこで、「この動きや順番はどう言う意味があるか?」、「どうすれば自然にその型になるか?」、「どの様な状況がこの型や練習法を産むのか?」それを1つ1つ検証し、その繋がりとバランス、日常化を体感を伴う形で図る事になりました。
正直言って、30を過ぎて体力も落ち、意味を見出さないとモノを覚えられなくなった事もそうする理由であった事を付け加えておきます。
そうして昨年末にようやく道具を操る所まで学びが進み、今年にやっと「剣」が見えた感じです。
そうしますと・・・
一般的に、二人で型を演じる時、ある限定された条件設定で「ケーススタディー」をしている様に思われますが、互いに「型」に含まれる学びと必要十分条件を丁寧に理解し、それを自分の今の極限まで突き詰めて表現した時、それが必然・当然・自然に展開され、結果、学びの成果が段々「形」となっていくと言う事だと気付きました。
従って、打太刀(型練習をリードする側=指導者)が型による普遍的な学びと段階的学び、無限の可能性をよくわきまえ、それこそ「色に付け、色に従える実力」を以て、正確な心身表現をする事で使太刀(型練習から学ぶ者)の学びを引き出せると言えます。
当然、外目には同じ型の展開でも、お互いの意識の持ち様や心身操作精度等により、やっている本人達はその1回1回が「無形の勝負」をしている訳で同じ事は二度とない訳です。
そうして、「型」が自分にとって「日常」と言える「単純さ」・「自然さ」・「普遍性」・「可能性」を持った時、初めてその本質が現れて来て、諸行無常な状況に対応出来るのだと思います。
それが「転」であり「燕飛」の極意ではないか?と私は思っています。
そんな事もあって・・・常々、若手の皆さんには「型を作るのでなく、どうすれば自然とその型になるか考えてみて」・・・そうお話しているのです。
そして・・・自分自身には、武道だけでなく、何気ない自分の生活に無限に存在する「型」に十分な意味とデリカシーを求めて行こうと思うのでした。
付け足し セイガンのこと
青眼・・・訪れた人(事柄)を歓迎(肯定・受け入れ)をする気持ち。
晴眼・・・見(観)える目。
正眼・・・(物事を)正視する事。【剣道で】敵の目に切っ先を向ける、中段の構え。
誓願・・・神仏に誓いをたて、事の成就を願う事。
請願・・・自分の希望の達成を願い出る事。
彼岸・・・迷いを脱し、生死を超越した理想の境地。
新陰流では 青岸・・・? ? ? (型にして無形の象徴?)
今日はまた、自分の恥をお話せねばなりません。しかし、それが貴重な体験であったと思うので是非、皆さんにお話しておこうと思います。
当分、恥話が続きますが、どうかお付き合い下さい。
数年前、私はK野さんにご紹介を頂き、体術とは別に新陰流を学ばせて頂いていました。
当時、東京からW先生が月一回お越しになり、直接指導をして下さっていたのですが、会も先生ご自身も非常にノリに乗っていた時期で、色々な事をふんだんに学ばせて頂いた時期でありました。
反面、伝授のシステムが「文化の保存」的な側面も色濃く、実用を考えると不自然な部分もあり、幸い会の草創期にご苦労されたK野さんのご助言や学ばれる術理の最終段階を見ていたから良かったものの、それを知らずに学んでいたら「意味不明」な事も多々ありました。
その辺を、じっくり自分で検証し、体得・体感出来れば良かったのですが・・・W先生のご厚意が仇となり、K野さんが約7年程掛けて学ばれた事を私はほぼ2年で、型にして130余りを学ぶ結果となりました。
当時は未だ20代で1回見れば覚えられたんですね・・・でも、これはどう考えても異常で、学んだ事の本質や段階を十分に理解し、体得出来るはずは「毛頭」ありませんでした。
このままでは「潰れる」・・・半ば「パニック状況」で会を退会しました。
この時の状況を正直に申し上げますと、観照塾で剣を研鑽されている方達よりも直接色々学んでいて、伝位も持ちながら、私の実力は全くお話にならず・・・
私の持っているものは、単なる「型(伝位も含む)」に過ぎなかった訳です。
そこから随分足掻いたのですが、変に入った知識やプライドをぬぐい去り、一から矯め直すに今日まで3年程の時間が掛かりました。
取り敢えず、剣を封印し、「剣(道具)を扱うに足る最低の身体を作る」為、一から戻る事にしました。
結局、体操や歩法、フェルデンクライス(センタリング呼吸法)等々・・・呼吸の仕方やロッキングチェアと言った「最初の第一歩」から見直す必要が出ました。
そこで、「この動きや順番はどう言う意味があるか?」、「どうすれば自然にその型になるか?」、「どの様な状況がこの型や練習法を産むのか?」それを1つ1つ検証し、その繋がりとバランス、日常化を体感を伴う形で図る事になりました。
正直言って、30を過ぎて体力も落ち、意味を見出さないとモノを覚えられなくなった事もそうする理由であった事を付け加えておきます。
そうして昨年末にようやく道具を操る所まで学びが進み、今年にやっと「剣」が見えた感じです。
そうしますと・・・
一般的に、二人で型を演じる時、ある限定された条件設定で「ケーススタディー」をしている様に思われますが、互いに「型」に含まれる学びと必要十分条件を丁寧に理解し、それを自分の今の極限まで突き詰めて表現した時、それが必然・当然・自然に展開され、結果、学びの成果が段々「形」となっていくと言う事だと気付きました。
従って、打太刀(型練習をリードする側=指導者)が型による普遍的な学びと段階的学び、無限の可能性をよくわきまえ、それこそ「色に付け、色に従える実力」を以て、正確な心身表現をする事で使太刀(型練習から学ぶ者)の学びを引き出せると言えます。
当然、外目には同じ型の展開でも、お互いの意識の持ち様や心身操作精度等により、やっている本人達はその1回1回が「無形の勝負」をしている訳で同じ事は二度とない訳です。
そうして、「型」が自分にとって「日常」と言える「単純さ」・「自然さ」・「普遍性」・「可能性」を持った時、初めてその本質が現れて来て、諸行無常な状況に対応出来るのだと思います。
それが「転」であり「燕飛」の極意ではないか?と私は思っています。
そんな事もあって・・・常々、若手の皆さんには「型を作るのでなく、どうすれば自然とその型になるか考えてみて」・・・そうお話しているのです。
そして・・・自分自身には、武道だけでなく、何気ない自分の生活に無限に存在する「型」に十分な意味とデリカシーを求めて行こうと思うのでした。
付け足し セイガンのこと
青眼・・・訪れた人(事柄)を歓迎(肯定・受け入れ)をする気持ち。
晴眼・・・見(観)える目。
正眼・・・(物事を)正視する事。【剣道で】敵の目に切っ先を向ける、中段の構え。
誓願・・・神仏に誓いをたて、事の成就を願う事。
請願・・・自分の希望の達成を願い出る事。
彼岸・・・迷いを脱し、生死を超越した理想の境地。
新陰流では 青岸・・・? ? ? (型にして無形の象徴?)
by centeringkokyu
| 2005-02-23 23:17
| ネコ殿