2014年 03月 03日
合気観照塾の考え方 |
観照塾に入会する時に読んでいただいているはずですが、念の為に掲載しておきます。
合気観照塾では、武術的な強さを求めるのではなく、合気を探究する過程で、心と身体の変化を観照することを目的としています。先入観にとらわれる事無く、様々な動きを、身体の中心から行えるようになる為のシステムを、各自で構築して頂きたいのです。
自己改革する方法は、自分で見つけ出すしかありません。しかし、実際に自己改革をするというのは、意外に難しいものです。そこで、他の人が変化する過程を観照することが、大切になってくるのです。人の様子を批判的に見るのではなく、その人が、何故そのように考え、その方法を選ぶ必要があるのかを、冷静に観照し、求められれば、率直な意見を述べる事も必要となります。そうする事が、自分の心身を観照する助けにもなるはずです。
法句経の偈(159)に、以下のような言葉があります。
他人(ひと)を 誨(おし)うるがごとく もし おのれに 行ぜしめなば
おのれ 先ず よくととのい やがて 他人(ひと)をも ととのえん
おのれを ととのうる げに難(かた)ければなり
以上のような稽古条件を満たすのは、古流武術の形稽古だと思われます。先輩が後輩のレベルに合わせた攻撃を仕掛け、後輩はその流派が教える、正しい身体や意識の使い方をすれば、その攻撃を止められる、もしくは勝つことができるということを、実感するのです。
そして、先輩の方は、攻撃しながら、冷静に後輩の身体や意識の変化を観照し、相手に教えることによって、自分のレベルを向上させることが可能になります。このような稽古は、非切り稽古と名づけられていたようです。(道歌にも、「ひぎりとは 稽古修行を よく努め 非を知る時ぞ 非切りなりけり」と詠まれています。)
観照塾では、様々な技を、形(勢法)として覚える為に稽古するのではなく、中心を保つ事によって、相手の力や意識の変化に、臨機応変に対応出来るようになる事を実感する為の稽古をします。そして、稽古の中で、中心から動くことの重要性を確認し、それを日々の生活の中で実践する工夫をして頂きたいと考えています。
▼全国道場ガイドの合気観照塾紹介文より
呼吸を操作しながら動き、身体内奥の筋肉を活性化することが、合気や呼吸力に繋がると考えて「センタリング呼吸法」を創りました。呼吸が筋肉・関節・神経にまで及ぼす影響を感じることが、中心を意識できる身体創りになります。健康法にもなる合気を目指しています。
▼参考資料
★佐川幸義先生談
柔術を形としてやるのが一番悪い。実際に全然使い物にならなくなってしまう。変化が大事なのだ。私の所のやり方はそうだ。一つの代表として形を教えても臨機応変に変化する。
結局のところ(諸々の技は)合気之体を作ることが目的であって、合気之体ができればどのように動いても技になり合気になる。
★養神館塩田剛三先生談
こうしてやろう、ああしてやろうという欲を棄てなければなりません。頭で判断して動くのではなく、五感の反応にまかせてしまったとき、初めて自由にさばくことができます。そうなったらもう、相手の攻撃の種類などは問題外になるのです。
★琢磨会総務長森恕先生談
合気をかけ、合気技を行なうためには、関節技で要求されるこのような力・技術・要領等は必要要件ではない。むしろ、邪魔になると言った方が早い。
つまり、合気技と関節技は、技の原理が全く異なっており、極端に言えば、両者の術理は対極にあると言ってもよい。従って、関節技の稽古をどれ程重ねても、それだけでは絶対に合気には到達できないのである。
#楽隠居です
写真のように、秘伝目録には○○投げとは書かれていません。
同じようにどこかをつかんでも、押すのか引くのか捻るのか?
それに対して技を掛ける方は、臨機応変な対応をしないといけないのです。稽古相手に攻撃方法が間違っているという指摘するのは、間違っているのかもしれませんねぇ〜
しかし、稽古相手に体内操作や呼吸に関して助言する時は、その前提条件を伝える必要があります。
☆リンク先で更新された記事
◆「打太刀の心」
ある意味、「打太刀」に取り組む様になってから、
「剣が観えて来た」とも言えます。
この型は「何を要求している(学ばせたい・表現したい)のか?」
それには「何が必要で、何が足らないのか?」など、
「使太刀」の学習ポイントや教育指導要領的側面を踏まえ、
個々人に型をどの様に「体験」、「感じ」、「表現」させ、
学ぶ「勇気」と「喜び」を引き出し、
「型の世界観」や「意味合い」に触れさせるか?
そこを意識し、自分が稽古しておく必要があるからです。
この経験と工夫を自体が、「付ける」とか、「色に付け色に従う」、
「懸待表裏」に触れ、感じ、理解出来る大きな切っ掛けだと感じています。
この一連の教育を「鳥飼い」とか「非切り」と言いますが、
打太刀にとっても、流派の最も本質的な部分を学び、
「非切り」をする稽古だと思います。
◆観照塾 26・3・1
◆姿勢
◆観照文73
◆技術を盗める
2014/3/1
◎中心塾
・プラランビク・スティティ(基本の姿勢)を椅子で行う
足は膝から指が出る位置
椅子の後ろに中指、薬指を引っかけて呼吸
頸の後ろを伸ばしてお辞儀をする(腕の中が伸びる様に)
・足首を内側から掴み肘を膝の内側に当て圧を拮抗させて呼吸
頸の後ろを伸ばして腰を入れる
拮抗を保ちながら身体を起こす
陰経の活性化
・パダーディラーサナを椅子で行う
重心を後ろ、前
左右
冷やす呼吸で頸の後ろを伸ばす
・手の甲を膝に置き頭の重みを利用して重心移動
前後左右
時計盤(時計回り、反時計回り)
何時が動きにくいか?
冷やす呼吸や寄り目
・右手の甲を左膝の下に入れて右手で指を引っかけて頸の後ろでもたれてバランスをとる
ロッキングチェアー
膝で坐骨を回す様に
足でリードして股関節を回す
大きく回したり小さく回したり
◆肉体改造レポート
*3.3 その瞬間の臨界点の先にアンカーを置いて軌道を替えて丹田に落としたら気持ちエエで
◆腹、分け目、物うち
◆首の位置と腹。
◆「臨書臨自」
◆3/2東雲館稽古日
参照1:心身の不必要な緊張をやめるために
参照2:ヨガ学校での標準テキスト
参照3:「来ない」 「来た」 「抜けた」
参照4:仕事は教えてもらうんじゃない、盗め!
参照5:大東流合気柔術の技術体系
参照6:見えない動き
参照7:早く俺のまねをやめろ
合気観照塾では、武術的な強さを求めるのではなく、合気を探究する過程で、心と身体の変化を観照することを目的としています。先入観にとらわれる事無く、様々な動きを、身体の中心から行えるようになる為のシステムを、各自で構築して頂きたいのです。
自己改革する方法は、自分で見つけ出すしかありません。しかし、実際に自己改革をするというのは、意外に難しいものです。そこで、他の人が変化する過程を観照することが、大切になってくるのです。人の様子を批判的に見るのではなく、その人が、何故そのように考え、その方法を選ぶ必要があるのかを、冷静に観照し、求められれば、率直な意見を述べる事も必要となります。そうする事が、自分の心身を観照する助けにもなるはずです。
法句経の偈(159)に、以下のような言葉があります。
他人(ひと)を 誨(おし)うるがごとく もし おのれに 行ぜしめなば
おのれ 先ず よくととのい やがて 他人(ひと)をも ととのえん
おのれを ととのうる げに難(かた)ければなり
以上のような稽古条件を満たすのは、古流武術の形稽古だと思われます。先輩が後輩のレベルに合わせた攻撃を仕掛け、後輩はその流派が教える、正しい身体や意識の使い方をすれば、その攻撃を止められる、もしくは勝つことができるということを、実感するのです。
そして、先輩の方は、攻撃しながら、冷静に後輩の身体や意識の変化を観照し、相手に教えることによって、自分のレベルを向上させることが可能になります。このような稽古は、非切り稽古と名づけられていたようです。(道歌にも、「ひぎりとは 稽古修行を よく努め 非を知る時ぞ 非切りなりけり」と詠まれています。)
観照塾では、様々な技を、形(勢法)として覚える為に稽古するのではなく、中心を保つ事によって、相手の力や意識の変化に、臨機応変に対応出来るようになる事を実感する為の稽古をします。そして、稽古の中で、中心から動くことの重要性を確認し、それを日々の生活の中で実践する工夫をして頂きたいと考えています。
▼全国道場ガイドの合気観照塾紹介文より
呼吸を操作しながら動き、身体内奥の筋肉を活性化することが、合気や呼吸力に繋がると考えて「センタリング呼吸法」を創りました。呼吸が筋肉・関節・神経にまで及ぼす影響を感じることが、中心を意識できる身体創りになります。健康法にもなる合気を目指しています。
▼参考資料
★佐川幸義先生談
柔術を形としてやるのが一番悪い。実際に全然使い物にならなくなってしまう。変化が大事なのだ。私の所のやり方はそうだ。一つの代表として形を教えても臨機応変に変化する。
結局のところ(諸々の技は)合気之体を作ることが目的であって、合気之体ができればどのように動いても技になり合気になる。
★養神館塩田剛三先生談
こうしてやろう、ああしてやろうという欲を棄てなければなりません。頭で判断して動くのではなく、五感の反応にまかせてしまったとき、初めて自由にさばくことができます。そうなったらもう、相手の攻撃の種類などは問題外になるのです。
★琢磨会総務長森恕先生談
合気をかけ、合気技を行なうためには、関節技で要求されるこのような力・技術・要領等は必要要件ではない。むしろ、邪魔になると言った方が早い。
つまり、合気技と関節技は、技の原理が全く異なっており、極端に言えば、両者の術理は対極にあると言ってもよい。従って、関節技の稽古をどれ程重ねても、それだけでは絶対に合気には到達できないのである。
#楽隠居です
写真のように、秘伝目録には○○投げとは書かれていません。
同じようにどこかをつかんでも、押すのか引くのか捻るのか?
それに対して技を掛ける方は、臨機応変な対応をしないといけないのです。稽古相手に攻撃方法が間違っているという指摘するのは、間違っているのかもしれませんねぇ〜
しかし、稽古相手に体内操作や呼吸に関して助言する時は、その前提条件を伝える必要があります。
☆リンク先で更新された記事
◆「打太刀の心」
ある意味、「打太刀」に取り組む様になってから、
「剣が観えて来た」とも言えます。
この型は「何を要求している(学ばせたい・表現したい)のか?」
それには「何が必要で、何が足らないのか?」など、
「使太刀」の学習ポイントや教育指導要領的側面を踏まえ、
個々人に型をどの様に「体験」、「感じ」、「表現」させ、
学ぶ「勇気」と「喜び」を引き出し、
「型の世界観」や「意味合い」に触れさせるか?
そこを意識し、自分が稽古しておく必要があるからです。
この経験と工夫を自体が、「付ける」とか、「色に付け色に従う」、
「懸待表裏」に触れ、感じ、理解出来る大きな切っ掛けだと感じています。
この一連の教育を「鳥飼い」とか「非切り」と言いますが、
打太刀にとっても、流派の最も本質的な部分を学び、
「非切り」をする稽古だと思います。
◆観照塾 26・3・1
◆姿勢
◆観照文73
◆技術を盗める
2014/3/1
◎中心塾
・プラランビク・スティティ(基本の姿勢)を椅子で行う
足は膝から指が出る位置
椅子の後ろに中指、薬指を引っかけて呼吸
頸の後ろを伸ばしてお辞儀をする(腕の中が伸びる様に)
・足首を内側から掴み肘を膝の内側に当て圧を拮抗させて呼吸
頸の後ろを伸ばして腰を入れる
拮抗を保ちながら身体を起こす
陰経の活性化
・パダーディラーサナを椅子で行う
重心を後ろ、前
左右
冷やす呼吸で頸の後ろを伸ばす
・手の甲を膝に置き頭の重みを利用して重心移動
前後左右
時計盤(時計回り、反時計回り)
何時が動きにくいか?
冷やす呼吸や寄り目
・右手の甲を左膝の下に入れて右手で指を引っかけて頸の後ろでもたれてバランスをとる
ロッキングチェアー
膝で坐骨を回す様に
足でリードして股関節を回す
大きく回したり小さく回したり
◆肉体改造レポート
*3.3 その瞬間の臨界点の先にアンカーを置いて軌道を替えて丹田に落としたら気持ちエエで
◆腹、分け目、物うち
◆首の位置と腹。
◆「臨書臨自」
◆3/2東雲館稽古日
参照1:心身の不必要な緊張をやめるために
参照2:ヨガ学校での標準テキスト
参照3:「来ない」 「来た」 「抜けた」
参照4:仕事は教えてもらうんじゃない、盗め!
参照5:大東流合気柔術の技術体系
参照6:見えない動き
参照7:早く俺のまねをやめろ
by centeringkokyu
| 2014-03-03 00:30
| 合気観照塾