2005年 05月 30日
舟漕ぎ運動 |
「舟漕ぎ運動」を、20数年前に合気会で習った時には、意味不明でした。その後、気の研究会で習ってから少し興味が湧きました。元々は神道の行法ということは聞いていましたので、出口王仁三郎全集を調べてみましたら、第一巻の後の方に数行書かれていました。
今年に入って、江間式の「レの字型・ヘの字型」や生気自強療法の「神経訓練法」、平田内蔵吉の「中心安定法」などを再検討し、「呼吸の隙間」を考えながら「舟漕ぎ運動」をやってみました。さらに、「中心・任脉・督脉」をしっかり意識しながら稽古すると、いろいろな霊術のエッセンスが、「舟漕ぎ運動」に集約されているのではないかとの仮説を思いついたのです。
すると、「体の転換」も「前方投げ」も「入り身投げ」も「四方投げ」も、「喰い込み」「喰い合わせ」「喰い止まる」というところまでは、すべて「舟漕ぎ運動」で、後は「おまけ」なのだと言われていたことが、何となく納得出来ました。形を変えれば「一教運動」であり、剣を振る動作でもあるという事ではないでしょうか。
形から見るか、体内操作という観点から見るかによって、同じ動作を真似しても、その効果は全く別のものになってしまうような気がします。
先日、ある会員の方から日本の少林寺拳法の雑誌を見せて頂きましたら、そこに、学生時代に本部で教えて頂いたことがある山崎先生の「舟漕ぎ運動」の写真が掲載されていました。これも不思議なタイミングだと思います。
参照:こちらもどうぞ!
今年に入って、江間式の「レの字型・ヘの字型」や生気自強療法の「神経訓練法」、平田内蔵吉の「中心安定法」などを再検討し、「呼吸の隙間」を考えながら「舟漕ぎ運動」をやってみました。さらに、「中心・任脉・督脉」をしっかり意識しながら稽古すると、いろいろな霊術のエッセンスが、「舟漕ぎ運動」に集約されているのではないかとの仮説を思いついたのです。
すると、「体の転換」も「前方投げ」も「入り身投げ」も「四方投げ」も、「喰い込み」「喰い合わせ」「喰い止まる」というところまでは、すべて「舟漕ぎ運動」で、後は「おまけ」なのだと言われていたことが、何となく納得出来ました。形を変えれば「一教運動」であり、剣を振る動作でもあるという事ではないでしょうか。
形から見るか、体内操作という観点から見るかによって、同じ動作を真似しても、その効果は全く別のものになってしまうような気がします。
先日、ある会員の方から日本の少林寺拳法の雑誌を見せて頂きましたら、そこに、学生時代に本部で教えて頂いたことがある山崎先生の「舟漕ぎ運動」の写真が掲載されていました。これも不思議なタイミングだと思います。
参照:こちらもどうぞ!
by centeringkokyu
| 2005-05-30 20:15
| 合気観照塾