2011年 03月 03日
竹を割るような性格 |
☆リンク先で更新された記事から抜粋してご紹介します。
◆「良い加減」
寒~い「雛祭り」になりました。
「温かくなって来た」と思った矢先の寒さは気持ちや身体を縮込め、固めてしまいますね。
同じ様に、私達は様々な状況や場面で心や体、考え方を固め、自分で自分を生き難くしまっているのかもしれません。
春になり、朝の空気がとても気持ち良く、早朝、笛を吹いています。
「笛」を持つと、毎回、どうしても「吹こう」と思ってしまいます。
その「吹こう」と言う気持ちが「心を固め」ます。
「心が固まる」と「全身が固まり」、呼吸が上手く出来ません。
それに気付いてから、大きな公園にぽか~んと座り、自分の気持ちと身体を観察しながら、少しずつ、その「縛りを解き」、「緩めて呼吸を通し」て行きます。
◎続きはこちらをどうぞ!
◆心の集中
・無の境地に達したときに、恐怖心が無くなります。あらゆる不安が消えて、自分自身を完全に信じ切れるようになります。明鏡止水の境地に達するのです。
そうなると、相手の心の動きが読めてきます。どう出てくるかということが、頭でなく肌で感じ取れるのです。いわゆる心眼が働くようになるわけです。
・こうしてやろう、ああしてやろうという欲を棄てなければなりません。頭で判断して動くのではなく、五感の反応にまかせてしまったとき、初めて自由にさばくことができます。そうなったらもう、相手の攻撃の種類などは問題外になるのです。
・私には、力の流れが見えているのです。それも感じではなくて、はっきりと見えるのです。
こういうのはジッと見ていてもダメなのです。すべてを総合的にパッと見取らなければなりません。
・相手の気(機)に合わせるということで、早くもなり、遅くもなります。相手の気と合わなければ意味がないのです。
詳しくはこちら
使ってある単語を変えて読めば、野口晴哉さんの言葉かと思うくらいだ。と僕は感じました。いくとこまでいったら皆、一緒やけど!すごい人はすごい!うまいもんはうまい!
◎続きはこちらをどうぞ!
◆骨盤と横隔膜
2.27 (日) 健康維持互助会・中心塾
・肛門、会陰、恥骨を絞める
⇒ 前側の意識の薄さ
・呼吸が横隔膜の中心を通る
⇒ 胸に出てこない
・骨盤の反る・丸めると腰椎の反る・丸める
・呼吸と全体のつながり
◎続きはこちらをどうぞ!
#楽隠居です
以前このブログで合気観照之図を発表しました。その中に付ける・入れる・抜くと書かれていますが、その中でも「付ける」ということが一番大切だと考えています。「付ける心持ち」を何時も持っていると、こちらから自滅するような攻撃はしなくなります。しかし、実際には「付ける」稽古から始めても、なかなか上手く付けられないようです。
私も30代後半から40代に掛けては、袋竹刀を握った手が開けられなくなるまで稽古しました。学生時代の合宿での拳立て(拳での腕立て伏せ)を思い出したくらいです。
袋撓い用の竹を何本へし折ったことか・・・
自分では「竹を割るような性格」ではないと確信していたのですが~
人それぞれですが、「水戸黄門どりぁ~」系のゆったりとした生き方にならないと、「付ける」稽古は、難しいのかもしれませんねぇ~
やっぱり、気付くということが大切で、自分で気付くしかないんですから、せいぜい「気を付ける」稽古をしていただきたいと思います。
そして、若い人同士で稽古するときは、「竹を割るような性格」になって稽古して頂きたいのですが、私と稽古するときは必ず「板割るような性格」に変わってからお相手をしていただきたいと、心から願っておりまするゾ!
参照1:合気道修行
参照2:静かな心で、柔らかく自分の体を使う
参照3:根本は自分の中心力
参照4:指を使う
参照5:見取り稽古
参照6:バランス運動療法と呼吸
参照7:大事なのは生き方のバランス
☆おまけ
・「アンカー」中国・米国戦々恐々!中東・北アフリカの民主化ドミノ
◆「良い加減」
寒~い「雛祭り」になりました。
「温かくなって来た」と思った矢先の寒さは気持ちや身体を縮込め、固めてしまいますね。
同じ様に、私達は様々な状況や場面で心や体、考え方を固め、自分で自分を生き難くしまっているのかもしれません。
春になり、朝の空気がとても気持ち良く、早朝、笛を吹いています。
「笛」を持つと、毎回、どうしても「吹こう」と思ってしまいます。
その「吹こう」と言う気持ちが「心を固め」ます。
「心が固まる」と「全身が固まり」、呼吸が上手く出来ません。
それに気付いてから、大きな公園にぽか~んと座り、自分の気持ちと身体を観察しながら、少しずつ、その「縛りを解き」、「緩めて呼吸を通し」て行きます。
◎続きはこちらをどうぞ!
◆心の集中
・無の境地に達したときに、恐怖心が無くなります。あらゆる不安が消えて、自分自身を完全に信じ切れるようになります。明鏡止水の境地に達するのです。
そうなると、相手の心の動きが読めてきます。どう出てくるかということが、頭でなく肌で感じ取れるのです。いわゆる心眼が働くようになるわけです。
・こうしてやろう、ああしてやろうという欲を棄てなければなりません。頭で判断して動くのではなく、五感の反応にまかせてしまったとき、初めて自由にさばくことができます。そうなったらもう、相手の攻撃の種類などは問題外になるのです。
・私には、力の流れが見えているのです。それも感じではなくて、はっきりと見えるのです。
こういうのはジッと見ていてもダメなのです。すべてを総合的にパッと見取らなければなりません。
・相手の気(機)に合わせるということで、早くもなり、遅くもなります。相手の気と合わなければ意味がないのです。
詳しくはこちら
使ってある単語を変えて読めば、野口晴哉さんの言葉かと思うくらいだ。と僕は感じました。いくとこまでいったら皆、一緒やけど!すごい人はすごい!うまいもんはうまい!
◎続きはこちらをどうぞ!
◆骨盤と横隔膜
2.27 (日) 健康維持互助会・中心塾
・肛門、会陰、恥骨を絞める
⇒ 前側の意識の薄さ
・呼吸が横隔膜の中心を通る
⇒ 胸に出てこない
・骨盤の反る・丸めると腰椎の反る・丸める
・呼吸と全体のつながり
◎続きはこちらをどうぞ!
#楽隠居です
以前このブログで合気観照之図を発表しました。その中に付ける・入れる・抜くと書かれていますが、その中でも「付ける」ということが一番大切だと考えています。「付ける心持ち」を何時も持っていると、こちらから自滅するような攻撃はしなくなります。しかし、実際には「付ける」稽古から始めても、なかなか上手く付けられないようです。
私も30代後半から40代に掛けては、袋竹刀を握った手が開けられなくなるまで稽古しました。学生時代の合宿での拳立て(拳での腕立て伏せ)を思い出したくらいです。
袋撓い用の竹を何本へし折ったことか・・・
自分では「竹を割るような性格」ではないと確信していたのですが~
人それぞれですが、「水戸黄門どりぁ~」系のゆったりとした生き方にならないと、「付ける」稽古は、難しいのかもしれませんねぇ~
やっぱり、気付くということが大切で、自分で気付くしかないんですから、せいぜい「気を付ける」稽古をしていただきたいと思います。
そして、若い人同士で稽古するときは、「竹を割るような性格」になって稽古して頂きたいのですが、私と稽古するときは必ず「板割るような性格」に変わってからお相手をしていただきたいと、心から願っておりまするゾ!
参照1:合気道修行
参照2:静かな心で、柔らかく自分の体を使う
参照3:根本は自分の中心力
参照4:指を使う
参照5:見取り稽古
参照6:バランス運動療法と呼吸
参照7:大事なのは生き方のバランス
☆おまけ
・「アンカー」中国・米国戦々恐々!中東・北アフリカの民主化ドミノ
by centeringkokyu
| 2011-03-03 23:33
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