2010年 08月 20日
活元運動の誘導 |
「月刊全生」からご紹介します。
★相互運動のあり方の続きです。
その鈍って動かない部分に愉気をすると、一人で同じことを繰り返している活元運動がもっとよく出て進歩します。それが活元運動の指導という面です。
相互運動はお互いが目をつむったまま、無心にお互いの運動をやってゆくのですが、誘導する場合は、活元運動をしている人を後から観察して、その動かない処がわかるようになったら、そこへ離れて愉気をすると強く出てきます。活元運動を愉気の誘導で亢めることができるという話をしたのですが、話をして、しまったなと思った。こんなことをいったら相互運動が、ますます乱れるなと思った。そこで今は相互運動のやり方について一応話をしておくことが必要だと思ったのです。
皆さんから質問を受けたが、あべこべにこちらから質問をしたかった。活元運動には誘導する余地がある。活元運動を誘導する人にも、上手下手があり、感応するしないがあるということなのです。しかし皆で一回やりあえば相互運動はできるのですから、運動を誘導するとか、運動を助けるというのは本当はいらないのですが。
活元会の中で、ごく上手な人に、そういう誘導する方法を教えようと思うのです。その人達が活元コンサルタントになってほしい。そしてその人達が主となって運営をしていただいて、当番の人が全部やるというより、当番の人は皆に話して理解を深めてほしい。自分で意識してやるということは乱します。やりたくなった相手とやる、やりたくないのにやむなくやったり、やりたくない人にしてやったり、やっている最中、ギュウギュウ押してみたり、ここが悪いと言ったりするのは、非常に乱暴なことです。
「手がここで止ったからあなたはここが悪いといわれたがどうか」と心配して私にきいた人がいる。「誰にいわれたか」と聞いて、「それではその人をそれほど信用するのか」と聞いたら、「しない」という。「それなら気にしないでいい。今は気が高ぶっているから、意識で何とかかんとか自分を見せたくて踊っている。はからずも貴方と組んで、貴方は自然の運動が出たらしいが、後にいた人は自分が敏感だということが言いたくて、言った、それだけのことだから、相手の顔を見て、ニコニコと笑って挨拶しておきなさい」と言ったのです。「そういう相手は活元運動も起らず、理解も薄く、頭も悪いということだから、見て笑ってもいいですよ。決して気が付かない。もし気が付くような人なら、そんなことはやらない。」と言ったら、「本当でございました」と言っていました。
活元運動というのは、無念無想、天心でやって、感応し、進歩するもので、皆、いつの間にか意識しないうちによくなる、眠ろう、眠ろうとしても眠れないように、活元運動を上手にしようとして二十回やっても、うまくいかないにきまっている。天心に心を無にして、ポカンとしてやったら、自然に動く。自然に動けば進歩があるけれど、あまり意識をこらすといけない。一生懸命、活元運動を早く出そうとしてやっている人がいるけれど、その一生懸命を抜けば出る。眠ろう眠ろうとして眠れないのと同じなのです。
だから活元運動というのは、本当をいうとむずかしいのです。自分の心や体の本当の反映なのです。だから出なくても、恥じることもない、自然に出ることもある。ただ最初に、呼吸を逆にやるのはどういうことかというと、最初に活元運動をするのに、必要な状態を先ずつくり出す。そういう意味でやるだけです。だから次に頭に愉気して、一応誘導する状態をつくり出す。それが誘導のきっかけになって、自分の裡にある力を自覚して使うようになれば、皆を丈夫にする、皆の感覚を敏感にする、そう思うのでおすすめするので、だから活元運動をやった最初の気持を知っていただきたいのです。その最初の気持に、たち返っていただきたい。初心を忘れてしまって、かけ出しているうちに、自分が押したら痛みがとれたなんていわれると、愉快になってしまって、誰でも自分が押したらよくなるつもりになってしまうのは本当でない。技術とは同じ事を何度でもくり返せる事なのです。素人の人のやる事は当りはづれがあるのです。当りはづれがあるうちは技術ではないのです。技術のない人がやるのは恐い。
活元運動は無心であればあたりはづれなくやれるのです。そしてプロの人にはとてもむずかしいというのは、いつでも相手を指導するつもりでいるからです。だから私も、始めはやり方を指導しました。だがここが引込みどころだと思って引込んだのは、プロとしてはやれないからです。だから私は引込んだ。そうでなければ率先してやります。
活元大会はやるけれど、活元会に出ることを考えられないのは、一人一人を見ると、その体の状態を知っていますから、「彼はこういう運動が出るべきなのに、こんな運動をしている」と思う。そうすると手を出したくなるのです。何十人、何百人と並んでやられると全部わからない。その中の何人かをみる、そうなると不公平ができます。そして見ている自分の方が忙しくて仕方ない、プロはいつでもそのように見ていますから、無意識にそのように見てしまう力を持っています。ところがアマは、見えないのです。見えないからいつでも無心になれる。だから下手なプロ並みに妙な意識を出して妙なことをやらない方がたしなみです。
私の希望は初心にたちかえって、たしなみとして活元運動の天心ということを身につけてほしい。手を出した瞬間に、お互いに無心になれるということがいい。活元運動を誘導するのは、当番の人全部がやらないで、当分活元コンサルタントの人にお願いしたいと思います。そしてその人達には、その方法を教えます。そしてそれを、だんだん見習って、それから皆さんがやるようにしてもらえばいいと思います。いっぺんに誰にも彼にも教えるといってもむずかしい。
整体コンサルタントの人は意識して指導する面なのです。お互いに無意識に全身全霊で、一つになってというのは、プロにはできない。しかし両方兼ね備えた人もいますよ。だが整体コンサルタントで上手になっていこうと意識したら、もうむずかしい。指導者の私だって、むずかしいと思って手を出さない。これはアマの人達が何人かで本当に善意の人達がやりあうとよい。プロで少し上手だなんていうのはつい間違う。だから活元コンサルタントを指名しますから、当分その人達だけでやってほしい。中に整体コンサルタントと兼用する人も、かなり出ると思いますけれど、そうでない場合は、活元コンサルタントにおまかせ下さい。
#楽隠居です
見えない糸の『#管理人です』から引用します。
以前から、整体協会の集団活元運動には疑問を持っていました。本当に参加者の大多数にあのような大きな活元運動が出るのだろうかと。実際、私の母も長年整体協会に所属して、活元を信奉していたのですが、どうも自分で納得のいく活元運動は出たことがないようでしたので、一度私が「活元相互運動」的に、誘導してみました。すると、何時もとは全く違う動きをし始めたので、収まるまで見ていました。そして、「活元って、こんなに気持ちがいいもんなんやなぁ~」と呟いたのでした。こちらとしては、「エェッ~?」という感じでした。
母と一緒に整体協会に行っていた人にも聞いてみましたら、「本当に活元が出たことはない。」ということでした。どうも自分だけ動かないと妙な具合なので、一緒に適当に動いていたらしいのです。(引用終了)
古い「月刊全生」を読み直して、体癖や活元運動に関する疑問がちょっとだけ解けたような気がします。本になっている文章には、無かった資料だと思います。
『私は人間の運動を、ずーっと丁寧に観てきたので、配分表を見ても自分の観たことの参考にするだけで、体量配分計を作ってから私が自分で測ったものは、僅か十人にならないのですが、頭の中に人間の運動の模様が全部あるので、とても解り易いのです。私は自分で解ってしまっているので、それを人に伝えるとなると、なかなか難しいのです。自分の頭の中でとんでしまうのです。』
ということや、
『活元大会はやるけれど、活元会に出ることを考えられないのは、一人一人を見ると、その体の状態を知っていますから、「彼はこういう運動が出るべきなのに、こんな運動をしている」と思う。そうすると手を出したくなるのです。何十人、何百人と並んでやられると全部わからない。その中の何人かをみる、そうなると不公平ができます。そして見ている自分の方が忙しくて仕方ない』
というようなことを、もっと早く知っていれば・・・
参照1:合わせていく感じと付け時
参照2:観察とは生きる「姿勢」
参照3:相手を知るための観察
参照4:呼吸の観察-どこで呼吸しているか
参照5:こころとからだにきく方法
参照6:センタリング呼吸法からバランス運動療法へ
本の紹介04 & 最近思った事 もよろしく!
★相互運動のあり方の続きです。
その鈍って動かない部分に愉気をすると、一人で同じことを繰り返している活元運動がもっとよく出て進歩します。それが活元運動の指導という面です。
相互運動はお互いが目をつむったまま、無心にお互いの運動をやってゆくのですが、誘導する場合は、活元運動をしている人を後から観察して、その動かない処がわかるようになったら、そこへ離れて愉気をすると強く出てきます。活元運動を愉気の誘導で亢めることができるという話をしたのですが、話をして、しまったなと思った。こんなことをいったら相互運動が、ますます乱れるなと思った。そこで今は相互運動のやり方について一応話をしておくことが必要だと思ったのです。
皆さんから質問を受けたが、あべこべにこちらから質問をしたかった。活元運動には誘導する余地がある。活元運動を誘導する人にも、上手下手があり、感応するしないがあるということなのです。しかし皆で一回やりあえば相互運動はできるのですから、運動を誘導するとか、運動を助けるというのは本当はいらないのですが。
活元会の中で、ごく上手な人に、そういう誘導する方法を教えようと思うのです。その人達が活元コンサルタントになってほしい。そしてその人達が主となって運営をしていただいて、当番の人が全部やるというより、当番の人は皆に話して理解を深めてほしい。自分で意識してやるということは乱します。やりたくなった相手とやる、やりたくないのにやむなくやったり、やりたくない人にしてやったり、やっている最中、ギュウギュウ押してみたり、ここが悪いと言ったりするのは、非常に乱暴なことです。
「手がここで止ったからあなたはここが悪いといわれたがどうか」と心配して私にきいた人がいる。「誰にいわれたか」と聞いて、「それではその人をそれほど信用するのか」と聞いたら、「しない」という。「それなら気にしないでいい。今は気が高ぶっているから、意識で何とかかんとか自分を見せたくて踊っている。はからずも貴方と組んで、貴方は自然の運動が出たらしいが、後にいた人は自分が敏感だということが言いたくて、言った、それだけのことだから、相手の顔を見て、ニコニコと笑って挨拶しておきなさい」と言ったのです。「そういう相手は活元運動も起らず、理解も薄く、頭も悪いということだから、見て笑ってもいいですよ。決して気が付かない。もし気が付くような人なら、そんなことはやらない。」と言ったら、「本当でございました」と言っていました。
活元運動というのは、無念無想、天心でやって、感応し、進歩するもので、皆、いつの間にか意識しないうちによくなる、眠ろう、眠ろうとしても眠れないように、活元運動を上手にしようとして二十回やっても、うまくいかないにきまっている。天心に心を無にして、ポカンとしてやったら、自然に動く。自然に動けば進歩があるけれど、あまり意識をこらすといけない。一生懸命、活元運動を早く出そうとしてやっている人がいるけれど、その一生懸命を抜けば出る。眠ろう眠ろうとして眠れないのと同じなのです。
だから活元運動というのは、本当をいうとむずかしいのです。自分の心や体の本当の反映なのです。だから出なくても、恥じることもない、自然に出ることもある。ただ最初に、呼吸を逆にやるのはどういうことかというと、最初に活元運動をするのに、必要な状態を先ずつくり出す。そういう意味でやるだけです。だから次に頭に愉気して、一応誘導する状態をつくり出す。それが誘導のきっかけになって、自分の裡にある力を自覚して使うようになれば、皆を丈夫にする、皆の感覚を敏感にする、そう思うのでおすすめするので、だから活元運動をやった最初の気持を知っていただきたいのです。その最初の気持に、たち返っていただきたい。初心を忘れてしまって、かけ出しているうちに、自分が押したら痛みがとれたなんていわれると、愉快になってしまって、誰でも自分が押したらよくなるつもりになってしまうのは本当でない。技術とは同じ事を何度でもくり返せる事なのです。素人の人のやる事は当りはづれがあるのです。当りはづれがあるうちは技術ではないのです。技術のない人がやるのは恐い。
活元運動は無心であればあたりはづれなくやれるのです。そしてプロの人にはとてもむずかしいというのは、いつでも相手を指導するつもりでいるからです。だから私も、始めはやり方を指導しました。だがここが引込みどころだと思って引込んだのは、プロとしてはやれないからです。だから私は引込んだ。そうでなければ率先してやります。
活元大会はやるけれど、活元会に出ることを考えられないのは、一人一人を見ると、その体の状態を知っていますから、「彼はこういう運動が出るべきなのに、こんな運動をしている」と思う。そうすると手を出したくなるのです。何十人、何百人と並んでやられると全部わからない。その中の何人かをみる、そうなると不公平ができます。そして見ている自分の方が忙しくて仕方ない、プロはいつでもそのように見ていますから、無意識にそのように見てしまう力を持っています。ところがアマは、見えないのです。見えないからいつでも無心になれる。だから下手なプロ並みに妙な意識を出して妙なことをやらない方がたしなみです。
私の希望は初心にたちかえって、たしなみとして活元運動の天心ということを身につけてほしい。手を出した瞬間に、お互いに無心になれるということがいい。活元運動を誘導するのは、当番の人全部がやらないで、当分活元コンサルタントの人にお願いしたいと思います。そしてその人達には、その方法を教えます。そしてそれを、だんだん見習って、それから皆さんがやるようにしてもらえばいいと思います。いっぺんに誰にも彼にも教えるといってもむずかしい。
整体コンサルタントの人は意識して指導する面なのです。お互いに無意識に全身全霊で、一つになってというのは、プロにはできない。しかし両方兼ね備えた人もいますよ。だが整体コンサルタントで上手になっていこうと意識したら、もうむずかしい。指導者の私だって、むずかしいと思って手を出さない。これはアマの人達が何人かで本当に善意の人達がやりあうとよい。プロで少し上手だなんていうのはつい間違う。だから活元コンサルタントを指名しますから、当分その人達だけでやってほしい。中に整体コンサルタントと兼用する人も、かなり出ると思いますけれど、そうでない場合は、活元コンサルタントにおまかせ下さい。
#楽隠居です
見えない糸の『#管理人です』から引用します。
以前から、整体協会の集団活元運動には疑問を持っていました。本当に参加者の大多数にあのような大きな活元運動が出るのだろうかと。実際、私の母も長年整体協会に所属して、活元を信奉していたのですが、どうも自分で納得のいく活元運動は出たことがないようでしたので、一度私が「活元相互運動」的に、誘導してみました。すると、何時もとは全く違う動きをし始めたので、収まるまで見ていました。そして、「活元って、こんなに気持ちがいいもんなんやなぁ~」と呟いたのでした。こちらとしては、「エェッ~?」という感じでした。
母と一緒に整体協会に行っていた人にも聞いてみましたら、「本当に活元が出たことはない。」ということでした。どうも自分だけ動かないと妙な具合なので、一緒に適当に動いていたらしいのです。(引用終了)
古い「月刊全生」を読み直して、体癖や活元運動に関する疑問がちょっとだけ解けたような気がします。本になっている文章には、無かった資料だと思います。
『私は人間の運動を、ずーっと丁寧に観てきたので、配分表を見ても自分の観たことの参考にするだけで、体量配分計を作ってから私が自分で測ったものは、僅か十人にならないのですが、頭の中に人間の運動の模様が全部あるので、とても解り易いのです。私は自分で解ってしまっているので、それを人に伝えるとなると、なかなか難しいのです。自分の頭の中でとんでしまうのです。』
ということや、
『活元大会はやるけれど、活元会に出ることを考えられないのは、一人一人を見ると、その体の状態を知っていますから、「彼はこういう運動が出るべきなのに、こんな運動をしている」と思う。そうすると手を出したくなるのです。何十人、何百人と並んでやられると全部わからない。その中の何人かをみる、そうなると不公平ができます。そして見ている自分の方が忙しくて仕方ない』
というようなことを、もっと早く知っていれば・・・
参照1:合わせていく感じと付け時
参照2:観察とは生きる「姿勢」
参照3:相手を知るための観察
参照4:呼吸の観察-どこで呼吸しているか
参照5:こころとからだにきく方法
参照6:センタリング呼吸法からバランス運動療法へ
本の紹介04 & 最近思った事 もよろしく!
by centeringkokyu
| 2010-08-20 00:01
| 全生など