2010年 08月 10日
相手が自発的に良くなろうとした時に良くしようとする |
「月刊全生」からご紹介します。
▼操法をする時機
操法をやります時に、何処を操法したのか覚えていない人があります。今日調べて明後日もう一回観ろと云うと、明後日は又同じ事をやり、一昨日の操法と今日の操法がつながっていないのです。将棋などでも専門家やプロは一旦さした手は皆覚えています。自分はどういう手をさして勝ったか負けたか、必らず覚えている。自分がどうやったか判らない為に、あっちもこっちもやっててそれで良くなっても、それは技術というものではない。
練習して練習ずれしている人は気楽に触っているので、何処と何処を操法したか判らない。あっちもこっちもやっていたらこうなった、或いは大よそ頭の中で此処をやったから良くなったというように思い込もうとする。そう報告するから「それ以外に何処を押えたか」と訊くと操法した処がドンドン増えてくる。「どれが効いたと思うか」と訊いても判らない。もっともそんなにやってしまったのでは判るのは無理です。だから急処の乱用は慎しまなくてはならない。
それよりはどのような時期に操法したらいいのかという見定めが一番要るのであります。相手が自発的に良くなろうとした時に良くしようとするなら間違っていない。相手が寄りかかっていて自分だけ気張っていると、いよいよ寄りかかってしまう。或いは相手が甘えてもっと病気を見せたい時にセッセと操法すると、治らないだけでなくて反動が出て来て、いよいよ苦痛が多くなってくる。人に親切にされると、いよいよそういう方向に発展してしまう。同じ事でも時期に合うとピタッと効くのに、時期に合わないと効かない。その時期を見定めるという事が一番に大事であります。
一年二年、私の側にいると、操法する場合に、どういうのが時期かというのは判ってきます。一般的な問題から云うと、昨日今日は大事な時期なのです。昨日位迄は受け身なのです。積極的な操法をしても効かない。強くやれば反動が起こるのです。しかしソーッとやっていればなかなか変化しないのです。
ところが、毎年の事ですが、節分を過ぎますと途端に積極的な操法が効果を発揮する。受け身である必要がなくなってくる。そして彼岸を通るとポツポツ効果を発揮するのです。だからこの辺で積極的に高めた事が彼岸を越えた頃になって効果がポツポツ出てくる。尚今の体から云うと陰暦の方が正しい場合が多いようであります。
ごく一般的な問題で、個人的な問題ではないですから、それに合わせるという事は難かしいですが、波を知っていくと、こういう事はそう難かしくなく判る。いずれにしても、操法する場合における時期の掴まえ方にも、波の観察という事は特に大事である。練習というと押す事を考える人がいますけれども、それ以外に波の見方はもっともっと大事で、皆さんが集まったならば、波の見方の為に皆で智恵を交換するようにしたら、もっとものに出来るのではないかと思うのです。まあ波に限らず、時期の掴まえ方という点も観察して頂くと一番いいと思う。今倒れている人でも、いつ手を着けるか? 行って直ぐにやる時もある、直ぐでない方が効く事もある。なかなか難かしい問題です。
参照1:学ぶとは洞察力を養うこと
参照2:機 度 間
参照3:自分の感覚を信じる
▼操法をする時機
操法をやります時に、何処を操法したのか覚えていない人があります。今日調べて明後日もう一回観ろと云うと、明後日は又同じ事をやり、一昨日の操法と今日の操法がつながっていないのです。将棋などでも専門家やプロは一旦さした手は皆覚えています。自分はどういう手をさして勝ったか負けたか、必らず覚えている。自分がどうやったか判らない為に、あっちもこっちもやっててそれで良くなっても、それは技術というものではない。
練習して練習ずれしている人は気楽に触っているので、何処と何処を操法したか判らない。あっちもこっちもやっていたらこうなった、或いは大よそ頭の中で此処をやったから良くなったというように思い込もうとする。そう報告するから「それ以外に何処を押えたか」と訊くと操法した処がドンドン増えてくる。「どれが効いたと思うか」と訊いても判らない。もっともそんなにやってしまったのでは判るのは無理です。だから急処の乱用は慎しまなくてはならない。
それよりはどのような時期に操法したらいいのかという見定めが一番要るのであります。相手が自発的に良くなろうとした時に良くしようとするなら間違っていない。相手が寄りかかっていて自分だけ気張っていると、いよいよ寄りかかってしまう。或いは相手が甘えてもっと病気を見せたい時にセッセと操法すると、治らないだけでなくて反動が出て来て、いよいよ苦痛が多くなってくる。人に親切にされると、いよいよそういう方向に発展してしまう。同じ事でも時期に合うとピタッと効くのに、時期に合わないと効かない。その時期を見定めるという事が一番に大事であります。
一年二年、私の側にいると、操法する場合に、どういうのが時期かというのは判ってきます。一般的な問題から云うと、昨日今日は大事な時期なのです。昨日位迄は受け身なのです。積極的な操法をしても効かない。強くやれば反動が起こるのです。しかしソーッとやっていればなかなか変化しないのです。
ところが、毎年の事ですが、節分を過ぎますと途端に積極的な操法が効果を発揮する。受け身である必要がなくなってくる。そして彼岸を通るとポツポツ効果を発揮するのです。だからこの辺で積極的に高めた事が彼岸を越えた頃になって効果がポツポツ出てくる。尚今の体から云うと陰暦の方が正しい場合が多いようであります。
ごく一般的な問題で、個人的な問題ではないですから、それに合わせるという事は難かしいですが、波を知っていくと、こういう事はそう難かしくなく判る。いずれにしても、操法する場合における時期の掴まえ方にも、波の観察という事は特に大事である。練習というと押す事を考える人がいますけれども、それ以外に波の見方はもっともっと大事で、皆さんが集まったならば、波の見方の為に皆で智恵を交換するようにしたら、もっとものに出来るのではないかと思うのです。まあ波に限らず、時期の掴まえ方という点も観察して頂くと一番いいと思う。今倒れている人でも、いつ手を着けるか? 行って直ぐにやる時もある、直ぐでない方が効く事もある。なかなか難かしい問題です。
参照1:学ぶとは洞察力を養うこと
参照2:機 度 間
参照3:自分の感覚を信じる
by centeringkokyu
| 2010-08-10 00:01
| 全生など