2009年 12月 13日
合気の極意? |
道具屋から抜粋してご紹介します。
毎度おなじみ、おもろい主人公が、叔父の佐兵衛さんに呼ばれて、その佐兵衛さんの家へやってくるところから、話は始まります。今日はちょっと金儲けをさしてやろうという魂胆。おっさんの副業・内職というのは、頭に“ど”のつく商売。って、泥棒やおまへんで。道具屋。道具屋いうても、店構えて商いしたはるんやのうて、縁日や夜店なんかに出たはる古道具屋はんですわ。骨董品というほどのたいそうなもんではなく、まあちょっと古めかしい道具類を売ったはるやつですな。
私、京都に住んでますけど、東寺の弘法さんやら、K野の天神さんの縁日なんかで、結構よく見かけますわな。五つ玉のそろばんやら、ランプやら、そば猪口(ちょこ)やら、一見すると、なんじゃガラクタと見分けのつかんもんもありますわ。
“ずっとお入り。まあ、お掛けやす。”て、どこへ入って、どこに座んねん。露店で。“ノコ見せて”と言われても、ノコが何のことか分からん。“のこにある”って、えらいシャレや。ノコいうたら、ノコギリのこと。“ノコ言うて、半分しか言わへんさかいに分からん。人間、ギリ(義理)欠いたらいかんで。”って、言うことだけは一人前や。
お客が“焼きがあまいなあ。”と言うと、“あまいことおまへんで。火事場で拾うてきたんやさかい。そんなもんでも、油塗って、柄つけ替えたら、どこぞのアホが買うやろう。”って、お客、怒って行ってしまうわ。店出してる、隣のおっさんが、これを見て、“ああ、小便された。”つまり、見るだけで、買わんと行ってしまう、ひやかしを、道具屋の符牒で小便といいまんねんな。
“短刀見せてくれ。”というお客もいる。“銘はないのか?”“いや、いてまっせ。天下茶屋に姪がひとり。”って、その姪と違うがな。お客は、中がどんなんか見たいので、引っ張ってみますが、鞘から抜けない。片方を主人公の道具屋に持たせて引っ張るけど、抜けへん。よっぽどサビついてんねんなあと思うと、これが木刀。はじめから言いや。今度は、“抜けるもんはないんかいな。”と言われて、“お雛さんの首が抜けます。”って、またお客行ってしまうた。小便や。
もう今度は、最初から“小便できまへん”と断ったらと思うてるところへ、また次の客。パッチを見せて欲しいと。“小便できまへん。”と言うと、“できそうに見えてるけどなあ。小便できひんにゃったら、買うてもしょうがない。”と、また行ってしまいます。
#楽隠居です
このところ合気観照塾の稽古では、太極棒を抜けない短刀に見立てて道具屋の稽古をしています?これがなかなか難しいんですなぁ~
昔は白鞘から刀を引き抜くというような格好いい表現をしていたのですが、そんな体験をしたことがない人がほとんどなので、最近は抜けない短刀を抜くという表現になっています。
「詳しいことは、口伝これあり」なんてことをいいながら、「このパッチ小便できまへんでぇ~!」と一人で落語「道具屋」のお稽古に没頭しております。
皆さんは稽古の途中で、「短刀抜けずに息を抜く」ということが極意になりますので、適当にやっていただきたいと願っております。これはまた「手抜き」の極意?でもあります。このあたりの部分は「単刀直入」?な表現になっています!
所詮わたいは、合気界の落伍者でおますさかいに・・・
参照1:落語的生活
参照2:喰い込み・喰い合わせ
毎度おなじみ、おもろい主人公が、叔父の佐兵衛さんに呼ばれて、その佐兵衛さんの家へやってくるところから、話は始まります。今日はちょっと金儲けをさしてやろうという魂胆。おっさんの副業・内職というのは、頭に“ど”のつく商売。って、泥棒やおまへんで。道具屋。道具屋いうても、店構えて商いしたはるんやのうて、縁日や夜店なんかに出たはる古道具屋はんですわ。骨董品というほどのたいそうなもんではなく、まあちょっと古めかしい道具類を売ったはるやつですな。
私、京都に住んでますけど、東寺の弘法さんやら、K野の天神さんの縁日なんかで、結構よく見かけますわな。五つ玉のそろばんやら、ランプやら、そば猪口(ちょこ)やら、一見すると、なんじゃガラクタと見分けのつかんもんもありますわ。
“ずっとお入り。まあ、お掛けやす。”て、どこへ入って、どこに座んねん。露店で。“ノコ見せて”と言われても、ノコが何のことか分からん。“のこにある”って、えらいシャレや。ノコいうたら、ノコギリのこと。“ノコ言うて、半分しか言わへんさかいに分からん。人間、ギリ(義理)欠いたらいかんで。”って、言うことだけは一人前や。
お客が“焼きがあまいなあ。”と言うと、“あまいことおまへんで。火事場で拾うてきたんやさかい。そんなもんでも、油塗って、柄つけ替えたら、どこぞのアホが買うやろう。”って、お客、怒って行ってしまうわ。店出してる、隣のおっさんが、これを見て、“ああ、小便された。”つまり、見るだけで、買わんと行ってしまう、ひやかしを、道具屋の符牒で小便といいまんねんな。
“短刀見せてくれ。”というお客もいる。“銘はないのか?”“いや、いてまっせ。天下茶屋に姪がひとり。”って、その姪と違うがな。お客は、中がどんなんか見たいので、引っ張ってみますが、鞘から抜けない。片方を主人公の道具屋に持たせて引っ張るけど、抜けへん。よっぽどサビついてんねんなあと思うと、これが木刀。はじめから言いや。今度は、“抜けるもんはないんかいな。”と言われて、“お雛さんの首が抜けます。”って、またお客行ってしまうた。小便や。
もう今度は、最初から“小便できまへん”と断ったらと思うてるところへ、また次の客。パッチを見せて欲しいと。“小便できまへん。”と言うと、“できそうに見えてるけどなあ。小便できひんにゃったら、買うてもしょうがない。”と、また行ってしまいます。
#楽隠居です
このところ合気観照塾の稽古では、太極棒を抜けない短刀に見立てて道具屋の稽古をしています?これがなかなか難しいんですなぁ~
昔は白鞘から刀を引き抜くというような格好いい表現をしていたのですが、そんな体験をしたことがない人がほとんどなので、最近は抜けない短刀を抜くという表現になっています。
「詳しいことは、口伝これあり」なんてことをいいながら、「このパッチ小便できまへんでぇ~!」と一人で落語「道具屋」のお稽古に没頭しております。
皆さんは稽古の途中で、「短刀抜けずに息を抜く」ということが極意になりますので、適当にやっていただきたいと願っております。これはまた「手抜き」の極意?でもあります。このあたりの部分は「単刀直入」?な表現になっています!
所詮わたいは、合気界の落伍者でおますさかいに・・・
参照1:落語的生活
参照2:喰い込み・喰い合わせ
by centeringkokyu
| 2009-12-13 23:14
| 合気観照塾